おがわや すしきん新連載

ガーナの思い出
むかしこんなことしてました。


おがわや すしきん
の店主、大垣 文護(おおがき ぶんご)は,
前頁で述べましたようにかれこれ14年前、大使公邸料理人という肩書きで、
西アフリカのガーナ共和国という国に滞在していました。
今からそのときのお話を少しづつですが、このページでさせていただこうと思います。


第1話

ガーナへ出発準備編

 高校卒業後、料理の世界に飛び込んで3年・・・。当時、ずっと家にいたものですから、大して仕事もできず、今の現状がもどかしくて、いつかは外へ出たい!!。外で飯が(仕事のこと)食べてみたい!!。そんな願望があったのですが、当時の両親から許可を得られるはずもなく、自宅で毎日をなんとなく過ごしていた私がいました。
 そんな10月のとある日、一冊の業界紙《専門料理》の記事に、目が止まりました。

 【日本国公館公邸料理人募集】

 とりあえず、履歴書を送れとのこと。早速求人先、国際交流サービス協会(※1)に履歴書を送付しました。3日後、協会から電話があり、公邸料理人として赴任する意思があるかどうかを確認されました。また、面接をしなければいけない。東京にはいつ来れるか訊ねられました。

 『では、明日行きます。』

 即答した私でした。
 それから電話を切り両親の説得に入りました。当時の私は店として、まだ戦力と言われるほど戦力ではないが(笑)、それなりで、いないよりはマシ・・・。そんな身分だったように私は思います。まぁ、両親からすれば私の性分からして、そんな簡単にお国の仕事に就けるわけがない。どうせすぐ落ちて帰ってくるだろうと、思っていたようです。でも万が一、受かりでもしたら・・・。それはそれ、いまから大学でも行かすつもりで出してやろう・・・。そんな複雑な想いで(?!)、両親は東京行きの許しを私にくれました。
 そんな親の想いもツユ知らず、私はもう契約する気満々で、次の日にはんこを持って旅行気分で新幹線に乗り込んだのでした。


 東京都千代田区霞ヶ関・・・。田舎暮らしの私にとって縁のない世界。TV-NEWSの参考映像で出てくる皇居、警視庁、そして外務省の建物・・・。何もかもが初めて見る景色で、圧倒されていました。
 外務省敷地内にある、国際交流サービス協会におもむき、担当者から説明を受けました。赴任地の候補として、広州、瀋陽、プサン、バングラデッシュ、モスクワ、リマ、ギニヤ、ガーナ・・・etcいろいろと紹介されました。そして、どこが希望か、どこに行きたいか訊ねられました。
 私はしばらく考えました。いま自分のお金では到底行けないところ・・・(アフリカ)。そして少しでも言葉がわかるところ・・・(英語圏)。そしてまぁ、アレコレ2ヶ月ぐらいで出発できそうなところ。そんな軽い気持ちで、それに合致するであろう選択肢の一つ、西アフリカのガーナと希望を申し出ました。すると待ってましたと言わんばかりに協会の担当者は、丁度いま、その地に赴任される大使が本省にいらっしゃるから、今から面接しましょうのこと。そして、その大使は10月の中旬に赴任なされるから、下旬には出国してほしいとのこと・・・。
 まぁ自分は、契約する気で勇んで東京に来るには来ましたが、自分の予想以上にことがアレヨアレヨと運んで大慌て・・・。しかし私はそんなに気後れすることもなく、その後の面接で、大使に11月末に自分の所属している吹奏楽団の定演があり、それを片付けてから行きたい。12月中旬に出国したいと申し出たら、大使は快く諒解してくれました。そして、私は契約書にはんこを押し、一泊二日で、ふるさと丹波に戻ってきました。あの業界紙《専門料理》を見てから契約まで一週間。10月20日の出来事でした。

つづく・・・。



※1、外務省の外郭団体。職員他の、主に渡航支援に関するお手伝いをするところ。

 当時、面接であれこれお願いをする料理人は稀だったそうで、今から考えると、自分の世の中知らずに恥ずかしさ千万で、穴があったら入りたい気持ちになりました(笑)。若かったんですねぇ・・・。


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