おがわや すしきん新連載

むかしこんなことしてました。
おがわや すしきんの店主、大垣 文護(おおがき ぶんご)は,
前頁で述べましたようにかれこれ14年前、大使公邸料理人という肩書きで、
西アフリカのガーナ共和国という国に滞在していました。
今からそのときのお話を少しづつですが、このページでさせていただこうと思います。
第4話
いよいよ、ガーナ上陸!!
『やばい・・・。』という気持ちが出ても後の祭り。
雪積もるチューリッヒのホテルでトランジットの一夜を明かし、次の日も早起きして空港へ。気持ちの変化があってもまだ旅の途中。朝もはよから、ホテルの朝食も程々にして出発前の空港見学へ向かいました(笑)。
チューリッヒの空港はスイス航空のハブ空港だけあって、朝早くからアジアからの到着便、ヨーロッパ、アメリカ各都市への出発便と大変にぎわってました。大きく違うことは、日本人が少ないということ(笑)。当たり前のことですが、海外旅行初、まして一人旅の人間にとって、これはすごいプレッシャーでした。ガイドブック片手に何とかチェックインを済ませ、覚えたての英語を駆使し、Cクラスラウンジで時間をつぶしました。端から見れば多分、浮き足だった変なアジア人だったことでしょう(笑)。
この日のチューリッヒは小雪まじりの雨。出発ロビーはたくさんの荷物を抱えた人々でごった返していました。その中で、アジア系と思われる人物は私一人だったように思います。これはこれ、すごい不安にとらわれました。少しずつですが、旅の終わりが近づくにつれ、いよいよ始まる本当の現実に一歩一歩入っていくのを感じていたのだろうと思います。飛行機は臨時便SR1266、エアバスA300定員は260人程だったでしょうか、お客さんを満杯にしてボーディングブリッジを離れていきました。ガーナの首都アクラまではノンストップ7時間弱のフライトです。
飛行機は小雨降るチューリッヒの空港を無事離陸し、雲海の上へ昇りました。そこから見える景色はいままでの肌寒い12月の風景とは違い、白い絨毯を敷き詰めた眩しい晴天の広場でした。東京からの出発とは何か違うものを感じました。窓の外にはその絨毯から突き出たアルプスの山並みが美しく輝いて見えました。私はその光景に圧倒され、機内食を取りながらもずっとその景色を眺めていたのを憶えています。1時間程でしょうか、飛行機は白い絨毯の上を通り過ぎ、青く輝く海の上、地中海上空に入っていきました。ここらあたりに来ると、窓の景色は冬の面影は消去り、温暖な雰囲気に包まれます。機内食のお酒も手伝って睡魔が襲うころに、飛行機はアフリカ大陸に入って行きます。ここから窓の景色は一変していきました。
今まで通ってきた薄暗く寒そうなシベリア大陸や、白い雲海から突き出たアルプスの山並み、青く眩しい地中海、それらの景色とは明らかに違う茶褐色の大地。何も無い、ただ広い乾いた土地。日本では考えることが出来ないシチュエーション、景色。異国の地、アフリカに来た事を実感しました。飛行機がアフリカ大陸上空に入ってから30分程でしょうか、お酒の影響で睡魔がやってきて2時間程眠ってしまいました。ところが目が覚めても窓の外の景色は何一つ変わりません。あの茶褐色の乾いた大地のままでした。『これがサハラ砂漠なんだ。』とあまりにもスケールの大きさに私は驚いてしまいました。
また、こんな事も憶えています。この時飛行機がサハラ上空を通過中、窓の外を覗いていると大きな湖のようなものが見えました。『あれ、サハラに湖なんてあったけ?!』と、不思議に思い地図を見直す自分。地図には当然そんな湖なんてものは無い。よーく見てみるとそれは雲の陰、あまりのコントラストの違いに、雲の陰が湖に見えてしまったことに驚いてしまった。ということもありました。
飛行機はチューリッヒを出て7時間弱、スケールの大きさの違いに驚いた飛行機の旅もまもなく終わりが近づいてきました。日が暮れて、何も見えないアフリカ大陸の暗闇の中から、オレンジ色の道を照らす光が見え少しずつ高度を下げていきます。『結構、都会じゃん。』、ガーナの首都アクラの機内から見た第一印象でした。飛行機が着陸態勢に入るにつれ、街並みははっきりしてきました。そんなに多くない街の光の上を通り越しながら、飛行機はガーナ・アクラ、コトカ(KOTOKA)国際空港に難なく着陸しました。周囲の人間と同じように、そそくさと沢山の荷物をまとめ抱えながら、飛行機のタラップを降りガーナの地に第一歩を踏み出しました。
ところが、現実にはそんなカッコ良いどころではなかったのです。まず最初にきたのがその暑さ・・・。日本、ヨーロッパは12月は冬ですが、ガーナは乾季に入り真夏。気温は30℃はゆうに超えていてアクラは熱気に包まれていました。そんな中、自分の格好といえば冬生地のスーツ姿。駐機場から入国審査場がある建物まで、滝のように流れ出す汗に戸惑いながら、トコトコと大きな荷物を抱えて歩いていく自分がいました。周りのガーナ人と思しき人達は水を得た魚のよう軽快に歩いてゆく・・・。そして気の毒そうに私に向かって『Are
you HOT?!』と語りかけてくれる(笑)。『Yes』としか受け答えできない自分。
ツーんとしたにおいの漂う中、50m.程歩いたでしょうか、3階建ての空港の建物が近づき、その屋上には見送りや見物の人でごった返していました。成田、チューリッヒのような近代的な建物とは程遠い、青白い蛍光灯が中を照らし出す昔の学校のような建物に入っていっていきました。建物に入っても冷房なんてあるわけも無く、騒然としたイミグレーションの前で噴出す汗を拭いながら今からの不安や後悔(?!)入り混じった思いを抱きながら長い列に並んでいました。
『Mr.OGAKI!!』。英語でしたが、久しぶりに自分の呼ぶ声。ハッと我に返りました。その方向を見てみると、大きな目をクリクリさせた巨漢が私を呼んでいました。手招きするので、並んでいる列を離れ巨漢の彼にに近づくと、彼は片言の日本語で軽い自己紹介をしました。名前をPといい、大使館の現地スタッフであるということ。これからの手続きは私も手伝うということ。私にしゃべりました。私はその場所に圧倒されいて、戸惑っていたのでしょう、『はぁ、はぁ。』としか受け答えができなかったように思います。
公用旅券と、P氏のお陰でしょうか、長蛇の列に並んでいる人を尻目に、いとも簡単にバゲッジクレイムまで辿り着けました。するとそこには2人の日本人がいました。2人は私に向かって、これまた矢継ぎ早に自己紹介をしました。派遣員のA氏、大使館領事担当のS氏。(この2人にはガーナでの滞在の前半ではすごくお世話になりました。)2人は大使は公用で迎えにはこれないということ。仕事を始めるのは明後日でから良いという事。その他のことは食事でもしながらということ。そう説明を終えると足早に私を車にあるところまで案内しました。
コトカ空港は見送り、迎え、見学などなど人でごった返し、熱帯特有のにおいともいうのでしょうか、熱気で溢れていました。食事に向かう車の中で私は、これから始まる新しい生活に、動揺を覚え、やる気満々、期待半分、不安半分、入り混じった自分の心を感じながら、あきらかに日本とは違う、タイムスリップしたような、自分の今いる現実の景色を見つめていました。
さぁ、新しい生活の始まりです。つづきをお楽しみに。
つづく・・・。
思い出写真集4へ
Access
OGAWAYA SUSHIKIN (C) 2004